判例研究「ペット供養裁判」
※本稿は、忠岡博税理士が2005年9月に日本税法学会の関西地区研究会で報告し、税法学554号にも収録された判例研究を、ホームページに掲載するにあたって一部(誤字脱字等)を修正したものです。
※税法学で本稿を読んでくださった春霞さんという方が、ブログ(Because It's There)でも取り上げてくださいました。
※忠岡博税理士は、この判例研究を入口にして、公益法人(とりわけ宗教法人)の課税のあり方についてもっと深く勉強したいと思っていますので、皆様のご意見、ご感想をお聞かせいただければ幸いです。

宗教法人が行うペットの葬祭の収益事業該当性
税理士 忠岡 博
名古屋地裁平成17年3月24日判決
(平成16年(行ウ)第4号、法人税額決定処分等取消請求事件)TAINS,Z888-0975
1 はじめに
このところ、公益法人が行う事業が法人税法施行令5条1項の各号に規定する収益事業とみなされて法人税が課されることによる紛争事件が相次いでいる。たとえば、昨年に判決が確定したいわゆる「流山ユー・アイネット訴訟」(千葉地裁平成16年4月2日判決、東京高裁平成16年11月17日判決)が記憶に新しい。これは、おもに、特定非営利活動法人が行う有償ボランティアが施行令5条1項10号に規定する請負業に該当するかどうかが争点となり、第一審、控訴審ともに納税者が敗訴した。
今回取り上げる裁判例もそれと類似し、宗教法人が行うペットの葬祭が同施行令に規定する収益事業とみなされ、法人税が課されたものである。宗教法人が、たとえば駐車場など本来の宗教活動と無関係の事業を行ったことが収益事業とみなされたのではなく、教義に基づいて本来の宗教活動の一環として行った行為が収益事業とみなされたという点が、本件の特徴である。
本稿は、この判決の持つ問題点を考察するものである。
2 事実の概要
仏教系宗派を包括法人として設立された宗教法人Xは、寺院の境内に「動物霊園」の名称でペット用の火葬場、墓地、納骨堂、待合室、駐車場を備え、また死亡したペットを引取るための自動車を数台保有し、ペットを亡くした飼い主からの依頼により死亡したペットをXの寺院に引取り、または持ち込んでもらい、僧侶の読経によって葬儀を行い、火葬、埋葬、納骨、法要等を行って金員を受け取っている。また、希望する飼い主に対しては、塔婆、ネームプレート、位牌、骨壺、袋、石版および墓石の販売を行っている。
これに対し課税庁Yは、これら一連の「ペット葬祭業」は法人税法2条13号および同法施行令5条1項各号所定の収益事業に当たるとして、Xのペット葬祭業による所得にかかる法人税の決定処分を行った。しかし、Xは、ペットの葬祭は宗教的行為であって収益事業に当たらないとして、処分の取消訴訟を提起した。
Xのおもな主張は次のとおりである。
宗教法人は、対価性のない所得については収益事業収入に該当せず、課税対象とされていない。喜捨、お布施、お礼が読経等の行為に対する対価のように見受けられるが、もともと僧侶の供養は、布施という宗教行為のうちの法施といわれ、僧侶あるいは寺院に対する財物の施しは布施のうちの財施にあたり、いずれも宗教行為そのものである。しかも、法施、財施は相手の財施、法施と無関係になされるものであり、これらは魂の救済を目的とし、利益の追求を目的とするものではないから、両者の間に対価性があるとはいえない。
また、大乗仏教においては、すべての存在はみな仏性を有し、六道を輪廻転生しているという根本的な仏教観があり、ペットなどの動物は因果などによって畜生道にいるが、死後は読経等の供養による功徳によって本来の仏性が顕れ、天上界、人間界に転生することができると考えられているため、ペットに対する読経等も宗教行為である。一般的に収益事業とされていない針供養や人形供養も、ペットの供養と同様に、森羅万象すべてのものに仏性があるという立場から行われているものである。
さらに、ペットは単なる愛玩動物ではなく家族のような伴侶動物であるとの認識が国民の間に一般化しており、そのような認識を背景として、ペットの供養も人の場合と同様に寺院で行いたいという要請があるのであり、社会通念上、ペットの供養と人の供養の間に差異はない。ペットであっても、愛するものを亡くし、家族を亡くしたのと同様の喪失感にさいなまれた飼い主は、僧侶による供養によって、愛する対象を亡くしたことを受容し、喪失感をいやし、感謝や哀悼の意を生ずるものであって、これらの点においては、人が亡くなった場合の供養とペットが亡くなった場合の供養とで変わりはない。
Yは、Xが作成している「料金表」を問題にしているが、これは、ペットの葬儀が国民の間に一般化するようになってまだそれほど年月が経っていないために布施の金額について一般的な目安がなく、葬儀を依頼する人がどの程度の布施をすればいいか困惑することがあるから、一般事業者の基準表を基に一応の目安を作成したものにすぎない。
これに対してYは、おもに次のように主張した。
ペット葬祭業は、読経その他の供養、追悼の儀式、死体の焼却および拾骨といった一連の労務、サービスの提供であるから、法的には、仕事の完成およびこれに対する報酬の支払を要素とする「請負」もしくは「準委任」として構成できる。Xの業務内容には、読経のみならず、追悼の儀式や死体の焼却および拾骨といった業務が広く含まれており、その業務を全体としてみるならば、葬祭一般についての事務の取扱いと評価できるから、その労務、サービスの性格は、寺社がこれを取扱うことに価値があると一般的に理解されているとはいえない。このことは、ペットの葬祭が一般事業者でも広く取り扱われていることからも明らかである。
また、Xの事業においては、一般の事業者と同様の基準で料金を設定しており、Xが行うペット葬祭業務について授受される経済的利益は、Xが提供する労務、サービスに対する対価の性質を有すると解される。Xは利用者から受ける金銭が「布施」であって対価性を欠く旨を主張するが、Xのパンフレットには明確に「料金表」と表示され、その料金が目安である旨の記載もないことから考えれば、Xが提供する労務ないしサービスの対価であることは明らかである。
Xが行うペットの葬祭は、葬儀、火葬、法要、遺骨処理とその管理、オプションとなる塔婆、プレート、骨壺等の物品販売、ペットの死体引取りの各事業に分類できる。葬儀、火葬は、施行令5条1項10号に規定する請負業、遺骨処理とその管理は同9号に規定する倉庫業、塔婆、プレート、骨壺等の販売は同1号に規定する物品販売業、法要およびペットの死体引取りは同項括弧書きの付随事業にそれぞれ該当することになる。
公益法人の収益事業に対する課税に当たっては、主として一般事業者との競争関係の有無や課税上の公平の維持などが考慮されるべきであって、宗教的意義といった公共性の有無やその強弱だけでその課税の是非についての判断が行われるものではない。宗教的意義の有無等はその解釈には影響しない。
また、針供養、人形供養は、その供養に伴って金銭の授受を伴うことがあるため、これを外形的に見れば、ペットの葬祭と同様に、施行令5条1項10号に規定する請負業に該当する可能性があるが、一般的に針供養等を事業として行っている一般事業者は見当たらないようであるし、これらについて授受される金銭についても、明確な料金設定がなされていないことが多い。加えて、国民の社会、文化的意識に照らしても、針供養等はペットの葬祭と異なり、古くから行われてきた宗教的習俗として確立しており、両者を比較することは相当でない。
3 判決の要旨
判決の要旨をまとめると、以下のとおりである。
(1)宗教行為と収益事業該当性
Xは、仏教においてお布施は宗教行為であって対価関係に立たないから収益事業には当たらないと主張する。たしかに、施行令5条1項各号に規定する収益事業は、一方がある給付行為を行うのに対し、その対価として財貨を移転することを約することによって成立する類型の事業であるから、財貨移転行為が給付行為の対価として行われない場合、すなわち、財貨移転行為が給付行為の内容とは無関係に任意で為される場合には、施行令5条1項各号に規定する収益事業には該当しない。人の葬儀における読経行為などは、通常、そのような意味での任意性が存在すると考えられ、収益事業には該当しないものとされている。すなわち、人の葬儀に際して収受されるお布施には、ある程度の幅を持った世間相場は存在するが、同じ内容の読経を行う場合でも、被葬者の身分、経済力等によってその金額が異なりうることも当然視されているし、仮にお布施の金額が世間相場よりも低かったとしても、これが債務不履行として責任を追及されるような法的拘束力はない。
しかし、このことは、当事者が当該行為に対して何らかの宗教的意義を感じさえすれば、ただちに当該行為の収益事業該当性が否定されるということを意味するものではない。また、当該行為が宗教的な外形を呈していることや、宗教家ないし宗教法人であることによって、その行為の収益事業該当性が否定されるということを意味するものでもない。
したがって、収益事業該当性の有無は、当該事業の展開の手法、収受される財貨の額が定まるに至った経緯、その額と給付行為の内容との対応関係、例外の許容性などの具体的諸事情を総合的に考慮し、一般事業者が行う類似事業と比較しつつ、社会通念に従って、はたしてその財貨移転が任意に為される性質のものか、それとも一定給付行為の内容に応じた債務の履行としてなされるものかを判断して決められるべきものである。
針供養や人形供養、おみくじ等の頒布などの宗教行為についても、あくまでこの基準によって収益事業該当性を判断すべきである。
(2)請負契約の意義
請負契約とは、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を与えることを約する契約であり(民法632条)、請負契約の目的たる「仕事」とは、物の製作のような有形のものでも、運搬のような無形のものでもよいが、いずれにしても仕事の完成によってもたらされる結果そのものが契約の目的とされる必要がある。
また、施行令5条1項10号の請負業に含められている事務の委託契約(準委任契約)とは、当事者の一方が法律行為以外の事務をなすことを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによってその効力を生ずる契約であり(民法656条、643条)、受任者にある程度の自由裁量権がある点で雇用契約と異なり、委託された事務を処理すること自体を内容とし、仕事の完成を内容としない点で民法上の雇用契約と異なっている。
民法上の準委任契約は、無償契約であることを原則とするが、特約によって報酬支払を約することもできるところ、施行令5条1項各号に掲記されている事業は収益事業が列挙されたものであるから、報酬の支払が合意され、受任者はその支払請求権を取得することが要件となると解される。
(3)ペットの葬祭の収益事業該当性
Xが行うペットの葬祭は、Xがペットの葬儀を執り行い、ペットの死体を焼却することを約し、他方、ペット供養希望者が「料金表」ないし「供養料」の表題が付された金額表に記載された金員を交付することを約しているのであるから、死体の焼却については請負契約、それ以外については準委任契約の成立要件を充足すると解される。たしかに、Xが行うペットの葬祭には宗教的意義を見いだすことはできるが、しかしXは「料金表」ないし「供養料」の表題の下に3種類の葬儀内容と動物の重さの組み合わせに応じた確定金額から成る表を定め、ホームページにも同様の表を明示的に掲載している。葬祭の依頼者のほとんどが、あらかじめこのホームページを通じて、あるいは依頼時にこの表を示されるなどしてこの表の存在を認識し、実際にも表に記載された金員を支払っていたこと、ペットの葬祭を実施する民間業者が多数存在し、その料金システムはXのものときわめて類似していることなどに照らせば、Xのペットの葬祭の依頼者は、Xがその支払う金員に対応する葬祭行為をするものと期待し、Xも、その提供する葬祭行為に対応する金員が支払われるものと期待しているというべきであるから、依頼者の支払う金員が任意のものであるとはいえず、両者の間に対価関係があると見るのが相当である。
なお、遺骨処理は、対価を得ての物品の保管であるから同9号に規定する倉庫業に該当する。施行令5条1項5号ニは、墳墓地の貸付けが収益事業に該当しない旨を定めているが、ペットの死体の処理については、法的には「廃棄物」として市町村が処理すべき性質のものであるから、人についての墳墓地と同様の公共性、公益性は見いだしがたく、同号にいう墳墓地にはペットの墓地は含まないと解すべきである。
塔婆、プレート、骨壺等の販売は物品を有償かつ継続的に販売しているのであるから、施行令5条1項1号に規定する物品販売業に該当する。
死体の引取りは、ペットの葬儀を行うのに先立って、対価を得てその準備行為をしているのであるから、付随的事業活動に該当する。
初七日や、七七日の法要も、飼い主からの依頼を基に、あらかじめ金額を定められた対価を得て行うものであるから同5号に規定する請負業に該当する。
4 判決の検討
(1)公益法人に対する法人課税
法7条は、内国法人である公益法人等または人格のない社団等の各事業年度の所得は、原則として法人税を課さず、例外として収益事業から生じた所得についてのみ法人税を課すことを規定している。また、その収益事業の範囲については、施行令に委ね、その5条1項において33項目を限定列挙している。本件は、宗教法人が行うペットの葬祭事業が、施行令5条1項各号に規定する「収益事業」に該当し、法人税が課されるべきかどうかが争われたものである。冒頭でも述べたように、同じようなことが争点になって争った裁判としては、最近では、昨年に判決が確定したいわゆる「流山ユー・アイネット訴訟」が記憶に新しい。これは、おもに、特定非営利法人が行う有償ボランティアが施行令5条1項10号に規定する請負業に該当するかどうかが争点となり、第一審、控訴審ともに納税者が敗訴した。
法人税の性質ないし課税根拠については、大別して二つの考え方がある。一つは、法人税を個人所得税の前取りであるとする法人擬制説的な考え方であり、いま一つは、法人税は法人の独自の担税力に着目して課される独自の租税であるとする法人実在説的な考え方である。わが国の法人税制度は、あるときは前説に依拠し、またあるときは後説に依拠してきたが、公益法人に対する法人課税を考える場合は、前説の法人擬制説的な考え方に大きく影響を受けている(注1)。すなわち、公益法人に対する法人税の非課税は、公益法人の公益性に着目して特権を与えているものではなく、公益法人が個人への所得の分配を前提にしていないために、そこに法人税を課す理由がないから課税しないのである。「流山ユー・アイネット訴訟」でも争点の一つになったが、公益性があろうとなかろうと、その所得が善意の活動によるものであろうとなかろうと、その所得が個人への分配を前提にしているかどうかで課税の是非が決まるというのが、法の大枠の考え方である(注2)。
また、そのような大枠の原則があるにもかかわらず、公益法人が収益事業を行った場合に課税をするのは、営利法人と事業内容が競合する場合において、課税の公平を優先した結果である(注3)。すなわち、同じ形態の収益事業でありながら、営利法人は課税され公益法人は課税されないというのであれば、適正な競争と課税の公平が妨げられることになるから、それを防止するために、公益法人が行う収益事業による所得にも法人税を課すことにしたのである。したがって、公益法人に対しては本来は非課税が大原則であるものを、収益事業については例外的に課税するのであるから、課税要件は厳格に解釈しなければならないであろう(注4)。
本判決も一応はその経緯を踏まえている。「戦後の急激な物価騰貴のため、多くの公益法人は従来程度の収入を得ていたのでは本来の公益事業遂行の資金を賄うことが困難となったので、従来営利的事業を行わず、もっぱら一般の寄付金等によって事業を行っていた公益法人も新たに営利的事業を行うこととなり、また従来からの営利的事業も拡張する傾向が顕著になってきた。元来公益法人が営利的事業を行うのは、その本来の目的たる公益事業を遂行する上のやむを得ない手段たるべきであって、公益法人の行う営利的事業が本来の事業遂行を賄ってなお余りあるという段階に至ると、それは公益法人の行う営利的事業としては行き過ぎであるともいえるし、一般の営利法人の行う事業との間に、一方は法人税が非課税であり、一方は課税されるという関係から著しい不均衡が生ずるに至った。そこで公益法人に対する法人税課税問題が台頭するに至ったのである」と、まさに判決文が昭和25年当時の大蔵省主税局調査課の報告を引用しているとおりである。
ところが、判決は同時に「法人税法等が公益法人等に対して種々の優遇措置を講じているのは、…人間社会において潤滑油に例えるべき一定の有用性を持った非営利活動を行うとされていることに着目し、国家としても、その限りにおいて税制上の便宜を提供しようとするものと解するのが相当である」などとも述べており、論理が混乱している。まるで公益法人に対する法人税の非課税を、公益法人に対する優遇措置であるかのように述べているのである(注5)。
(注1)田中治「公益法人課税改革の問題点−租税法の視点からみて−」大阪府立大学経済研究50巻1号229頁(2004年)。
(注2)田中治・忠岡博「有償ボランティアに対する法人課税の是非」税経通信60巻2号161頁(2005年)。
(注3)渡辺淑夫『公益法人課税の理論と実務(5訂版)』36頁(財経詳報社、1994年)。
(注4)三木義一・木村直義「宗教法人と収益事業−ペット供養訴訟を素材にして−」税経通信60巻9号217頁(2005年)。
(注5)田中治「宗教法人が行うペット葬祭事業」納税月報58巻8号6頁(2005年)。
(2)対価性と収益事業該当性
本判決は、施行令5条1項各号に規定する収益事業を「一方がある給付行為を行うのに対し、その対価として財貨を移転することを約することによって成立する類型の事業である」とし、この各号に該当するかどうかの判断に「対価を得ているかどうか」という基準をすべて一律に、ほぼ画一的に当てはめている。事業の宗教的意義の有無や強弱などは収益事業該当性の判断基準とは無関係であるとし、一律に、「その財貨移転が任意になされる性質のものか、それとも一定の給付行為の内容に応じた債務の履行としてなされるものかを判断して決せられるべきものである」としている。しかし、収益事業をそのようなものだと定義する根拠は不明である。判決は「これを通覧すれば明らかなとおり」としているのみである。
また、判決は、たとえば人の葬儀における読経行為などは任意性が存在すると考えられ、それゆえに収益事業には該当しないとしている。すなわち、人の葬儀に際して収受されるお布施にはある程度の幅を持った世間相場が存在するが、同じ内容の読経を行う場合でも、被葬者の身分、経済力等によってその金額が異なりうることも当然視されているし、仮にお布施の金額が世間相場よりも低かったとしても、これが債務不履行として責任を追及されるような法的拘束力はないから、これは反対給付には該当しないとしている。しかし、価格に任意性があることは、反対給付といえるかどうかの判断基準にはなりえないであろう。たとえば一般の市場における物品の売買においても定価が存在せずに売り手と買い手の合意によって価格が決定することは十分にありうることである。そう考えるならば、たといXがペットの葬祭に関して「料金表」を作成していたとしても、本質的には人の葬儀の場合のお布施と何ら差異はないというべきである。それにもかかわらず、人の葬儀の場合のお布施は非課税で、ペットの葬祭の場合は課税と判断するのは説得力に欠けるであろう。
はたして、対価性の有無は、収益事業該当性の判断基準になりうるであろうか。たとえば、学校教育における授業料などは「対価」ではないのか。対価があるから収益事業だなどといいだせば、公益法人が行うほどんどの事業が収益事業だということになるであろう。たしかに収益事業には対価があるが、しかし、逆に、対価があれば収益事業だという論理は成り立たない。本来、公益法人が行う事業は原則として非課税であるものを、収益事業に限って例外的に課税するものである。それならば、収益事業に該当するかどうかの要件、すなわち課税要件は、厳格に解釈しなければならない。対価性の有無などという曖昧な判断基準は持ち出すべきではないのである。
(3)営利法人との競合関係
宗教法人と営利法人が同じような事業を行っている最も顕著な例は、最近では、ホテルや結婚式場でも盛んに行われているいわゆる「チャペル結婚式」であろう。宗教法人のキリスト教会であっても結婚式の際の感謝献金の相場はある程度決まっており、もし、本件の判決のような「対価性」の基準を機械的に当てはめるならば、ホテルなどが行う「チャペル結婚式」も、教会が執り行う結婚式も、いずれも対価性があるとみることは十分に可能であると思われる。
しかし、宗教行為としての、「礼拝」としての結婚式と、ホテルなどで形式だけをまねて行っている「チャペル結婚式」を同じものであるとは考えがたい。外形的には似ていても、それらは本質的な部分から異なるものではないだろうか。
もっとも、チャペル結婚式もペットの葬儀も、それを利用する側にしてみれば、それを宗教法人が行っていようと営利法人が行っていようと、利用する者の気持ちは同じなのであるから、それを別のものだと主張するほうがかえって不自然だという意見もあろう。しかし、教会が教義に基づいて建築して世俗の空間と聖別した礼拝堂と、ホテルが結婚式を行うために設置したチャペルはけっして同じではないし、キリスト教徒が結婚式を行う場合、多くは、場所としてチャペル結婚式場を選択せず教会で執り行うことを選択することを考えれば、けっして利用者の側の気持ちも必ずしも同じであるとはいえないであろう。また、たとい利用者は同じ気持ちで結婚式なり葬儀なりにそれぞれ臨んでいるとしても、それを執り行っている事業主体のほうは、宗教家が教義に基づいて宗教行為として行っている宗教法人と、営利事業として行っている営利法人とでは、けっして同じことをしているとはいえないであろう。つまり、この両者、すなわち宗教法人が行う宗教行為と、営利法人が行う宗教ビジネスは本質的に異なり、そもそも競合関係にあるといえないのではないだろうか。
先に考察したように、そもそも公益法人が行う収益事業に法人税が課されるのは、営利法人と事業内容が競合する場合において、課税の公平を期すためである。たとえば、営利法人が経営する駐車場と寺院が経営する駐車場が同じ形態の収益事業でありながら、営利法人は課税され公益法人たる寺院は課税されないというのであれば、適正な競争と課税の公平が妨げられることになるから、それを防止することを目的に課税するのである。それならば、たとい外形的には似ていてもそもそも競合関係にない公益法人の本来の事業にまで課税することを法は予定していないであろう。本件のペットの葬祭も、Xは僧侶が仏教の教義に基づいて宗教行為として行っているものであるから、営利法人が行っているペット葬祭業とたとい外形が似ていても、本質的に両者は別個のものであり、もとから競合関係にはないと考えるべきであろう(注6)。
なお、人の葬儀は宗教行為であるとしても、ペットの葬儀まで宗教行為といえるのかという意見もあろう。しかし、Xはもともと仏教の教義に基づいて宗教行為としてこれを行っているのである。Xが主張するように、愛するペットを亡くし、家族を亡くしたのと同様の喪失感にさいなまれた飼い主の心をいやすために僧侶が教義に基づいてこれを行っているのであれば、当然、これは宗教行為ということになるであろう。
したがって、Xが行う読経はいうに及ばず、火葬、埋葬、納骨、法要等から塔婆、ネームプレート、位牌、骨壺、袋、石版および墓石の販売に至るまで、すべて教義に基づいて行われる一連の宗教行為であるならば、たとい営利法人がよく似たペット葬祭業を行っていたとしても、それは、そのようなペット葬祭ビジネスと本質的に別個のものであって、競合関係にはなく、収益事業には該当しないものと考えるべきであろう。
神社が参拝者におみくじやお守りを販売しても収益事業には該当しない。教会が道を求める者に聖書を頒布することも収益事業に該当しない。それら、法人税基本通達15-1-9および同15-1-10に示されているようなことは、営利法人と競合関係にないことから導かれる当然の結論である。ペットの葬儀にかかる一連の宗教行為が収益事業に該当しないのも、そのことと同じであろう。
(注6)田中前掲「宗教法人が行うペット葬祭事業」7頁。
(4)本件と「流山ユー・アイネット訴訟」の違い
「流山ユー・アイネット訴訟」において争われた事件(以下、「流山事件」という)は、特定非営利活動法人が、市民どうしの「ふれあい」を目的として、市民から会員を募り、炊事、洗濯、掃除などの家事や、話し相手、犬の散歩などのサービスを会員相互で行う事業を行い、会員がこのサービスを利用するためのチケットをこの法人から購入し、このチケット販売代金から事務手数料を差し引いた残額を、サービスを提供した会員に謝礼として支払っていたところ、この法人のこの事業が収益事業とみなされて法人税が課されたというものである(千葉地裁平成16年4月2日判決、東京高裁平成16年11月17日判決)。流山事件の原告は、この事業は、有償とはいえボランティア活動なのであるから、営利法人が行う収益事業とは異なるということを主張した(注7)。
本件と流山事件の違いを考えると、本件のほうは、公益法人の行う事業と営利法人の行う事業が外形的には似ていても本質的な部分が違うために競合関係にないと考えられるのに対し、流山事件のほうは、ボランティア活動であるとはいえ、またいくら謝礼の金額が僅少であったとはいえ、当該公益法人の行う事業が営利法人の行う介護等の事業と同じものであり、競合関係にあったと考えられるという点であろう。
ところで、流山事件のほうは、もともと営利法人の行っていた介護等の事業を公益法人も行うようになったのに対し、本件のほうは、逆に、もともと公益法人が行っていた葬祭事業を営利法人も行うようになった。その点に差異を見いだして、両者の違いを論じる見解がある(注8)。公益法人が資金を賄うために営利法人の行っている収益事業に乗りだし、それが営利法人と競合するがゆえに課税するというのがもともとの法の趣旨であるから、逆に、もともと公益法人が行っていた事業を営利法人がのちに行うようになったとしても、その公益法人の事業をただちに収益事業だと考えることはできないとする見解である。法4条は、公益法人は「収益事業を営む場合」に限定して納税義務を負うことを明記している。収益事業の定義は、法2条で「販売業、製造業その他政令で定める事業で、継続して事業場を設けて営まれるもの」とし、それを受けて施行令5条1項において33項目を限定列挙している。それならば、もともとその33項目に含まれていなかった事業を営利法人が行うようになったことによってその33項目に含まれるようになると解することは租税法律主義に反しているとこの見解は主張する。たしかに、公益法人が行っている事業と営利法人が行っている事業を同じものであるとするならば、この見解は妥当であると考える。流山事件のほうは、そういう意味で、たといボランティアであるとはいえ営利法人と同じ事業を行っているのであるから、収益事業として課税されるのはやむを得ないことであるが、逆に本件のように、公益法人が行っていた事業を営利法人がのちに行うようになったとしても、ただちにそれを収益事業になると考えるのは、たしかに租税法律主義に反している。
しかし、先にも述べたように、宗教法人が行う宗教行為と、営利法人が行ういわゆる宗教ビジネスを同じものであると考えてよいのであろうか。本件の問題の核心は、宗教法人が教義に基づいて宗教家として行っている宗教行為は、営利法人が行う宗教ビジネスとは本質的に別物であり、そもそも営利法人との競合関係は生じないという点である。
(注7)流山事件については、田中・忠岡前掲において詳しく考察している。
(注8)三木・木村前掲。
5 おわりに
以上の考察から、Xの行う事業を収益事業とみなして法人税を課すことを判示した本件判決は、けっして妥当とはいえない。そもそもXの行う事業が営利法人の行う事業と競合関係にないからである。営利法人の行う事業と競合関係にない公益法人の事業を収益事業とみることを、そもそも法は予定していないのである。
なお、法人税基本通達15-1-1は、公益法人が施行令5条1項各号に掲げる事業のいずれかに該当する事業を営む場合には、たとえその営む事業がその公益法人の本来の目的たる事業であるときであっても、その事業から生ずる所得については法人税が課されることに留意する旨を定めている。しかし、今回考察したように、本件のような、宗教法人が教義に基づいて行う宗教行為は、営利法人が行う事業と外形的には似ていてもそもそも競合関係になく、収益事業には当たらないから、この通達の射程にははいってこないものと考えるべきであろう。
税法学554号所収
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